2016年1月5日火曜日
1992~96年
基本的になんとなく知っていることをもう少し調べて勉強しよう。検証しようとしている内容なので、別に自分で調べる人は読む必要なし。
1992年 『ナヌムの家』建立。←日本国内での抗日活動拠点と懇意にしている韓国団体。
かつて日本軍の慰安婦であったと主張する韓国人女性数名と、日韓の若者を中心としたボランティアスタッフが共同生活を送っている施設のこと
日本人もいるのか…そして団体だと思っていたら場所のことのようだ。
韓国京畿道広州市にあるらしい。
1年間の来訪者数は1万人。そのうち3000~5000人が日本からの訪問者であるらしいが、
ソースがあやふや。見つかってほしくない気持ちもあるが。
ちなみに建設はWikipediaには
1992年6月 「『ナヌムの家』建立促進委員会」が大韓仏教曹渓宗を中心とした仏教団体・各種社会団体により結成され、全国的な募金運動が開始された
1992年10月ソウル特別市麻浦区西橋洞に「ナヌムの家」が開設された。
となっており、非常に早い段階で募金が集まった様子。
この国では珍しいと思ったが、慰安婦象もそういえば募金だった。
2014年8月にローマ法王が韓国を訪問した際、法王の地方視察にナヌムの家を入れて欲しいと要望したが、法王庁に断られている
とあるが、これは建立時の宗教が絡んでいるのではなかろうか?
政治的要因もあるのかもしれない。
1993年 「河野談話」(「かわの」ではなく「こうの」と読む
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/taisen/kono.html
1996年 吉田清冶が、過去の証言は虚偽だったと認める。 「 クマラスワミ報告」により国際的人権問題に発展。←時遅し
吉田清治については前回ソースをそのまま載せているので、クマラスワミ報告だけ
クマラスワミ報告全文:http://www.awf.or.jp/pdf/0031.pdf
ちなみにこのクマラスワミ報告について、
杉江氏という人によると、吉田証言は対して大きな問題になっていないそうだ。
内容を読むと確かに吉田証言ではなく、自称慰安婦からのヒアリングを記載している
のみで、証拠たるものは何もないものが記載されているというのが大きな問題だと思う。
http://ysugie.com/archives/3315
ちなみに大阪都構想の橋本徹氏が面白いことを述べていた。
http://logmi.jp/22758
"2000年の国連の安保理決議1325号の11項というところで、戦争地、紛争地においてのレイプとかジェノサイドとか、そういう問題については恩赦規定 の適用除外ということがきちっとうたわれているわけです。時効と平和条約とか清算条約とか関係なくね、永久に責任を追及すべきだということがきちっと確定 されているんです。そういう流れの中でね、国際社会は、日本のこの慰安婦に対する責任というものは、日韓基本条約で解決されないんだということを国連で言 われ続けるわけですよ。"
と述べている。とすると慰安婦は永久責任なのか?というと
"国連安保理決議1325号の11項にあたるのかどうなのか、まさに法的な観点で議論すれば、これ、当たらないと僕は思ってます。もしこれが 日本の場合に当たるというんだったら、日本だけじゃなくこれこそ世界各国、アメリカもイギリスもドイツもフランスも、みんなこの国連安保理決議1325号 の11項に当たるので、今、アメリカにざぁーっと広がっているあの慰安婦像、あれもう間違いになりますね。それは僕がずっと言っているように、世界各国の 事柄として扱わないといけない。"
という結論になっている。
この論理は非常に面白いが2000年というのがちょっと気になる。 WW2の問題も対象になるのかな?
今日はここまでで。
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